12/4 青春ごっこ

今の中学生は、自分のスマートフォンを持っている。
何年生で親が買い与えるのが一般的なのかはわからないが、
東京の中学三年生はほとんどが持っていて、暇さえあればいじっている。
ウェブを見たりLINEをしたりSNSを覗いたりしているが、
最近は簡単に自宅から世界中に動画を配信したり、
恋人とのいちゃいちゃ動画をグループに投稿したりしているので、
親は大変だろうなあと思う。

今の子ども達は、自己形成期にすでにSNSが入り込んでいるので、それもまた大変だなと思う。
SNSは自己プロデュースのツールで、客観的に見た自分像を作るものなので、
以前よりも確実に長い時間、今の子どもは、「他者から見た自分」を考えている。
自分が好きなことをする時に、一瞬、それが好きでも変に思われないかを考え、
好きな友だちと遊ぶ時に、一瞬、その子と遊んでも何も思われないかと考える。
好き嫌いの判断に、一瞬でも他人の目を入れなければいけないなんてつまらないなと思うし、
それが一瞬で済むなら、まだいいほうなんだろうなとも思う。

もう十年くらい前、当時、勉強を教えていた高校生の文化祭のステージを見に行く機会があった。
本番までしっかり練習したから見にきてくれ、というような感じではなく、
団結して練習しているクラスのテンションに馴染めなくて少し心細いので見に来てくれ、
くらいの、どちらかというと消極的な理由だったと思う。
体育館だったか、市民ホールみたいな会場だったかの客席で各クラスの出し物を見ていると、
その子のクラスの出番が回ってきた。
すると、出し物が始まる前に、生徒達がステージに出てきて円陣を組みだし、掛け声をあげた。
「俺達の集大成見せるぞ!」「おー!」だったか、
「ここに俺らのすべてをぶつけるぞ!」「おー!」だったか、
何か、そういう、やる気の表明だった。
その輪の中に、その子がいたのかどうかはわからなかったけど、
最近の高校生ってのは、こういうアピールをわざわざするのだな、と思った。
自分が好きで組んでるバンドならわかるが、
クラスの出し物であんなに団結をアピールするとは、その子が馴染めないのもわかる気がする。
最近の高校生ってこんな感じかぁ・・・と十年前の高校生達に思った。

その時に感じた違和感は、他者から見た自分を意識している高校生に対する違和感だった。
円陣を組むのは構わないが、ステージ裏で組んでればいい。
そう感じたし、その子も同じようなことを言っていた。
わざわざ人に自分たちの団結を見せつけるようにするのは、
他の人からの承認が欲しいからだ。
それを今なら「中二病」と呼び、若者の自己陶酔的なアピールだと揶揄できるのだろうが、
僕は思春期真っ只中にいる高校生の行動を揶揄したいわけもなく、
ただ、彼らの行動が「青春ごっこ」に見えて、ひっかかるものがあった。
僕は、自分自身が青春の真っ只中にいた頃から、
「青春ごっこ」をしている人達に厳しかった。
冷めた子どもだった。
「青春ごっこ」している人たちは大人びていたからなのか、
その瞬間が青春なのだということをよく知っていた。
僕は気づいていなかったが、彼らは十代が青春だということに気づいていて、
そのがかけがえのない、二度と来ることのない輝かしい時間を輝かしいものにしようとしていた。
だから、いつも他人に、そのきらめく瞬間を見せつけようとしていた。
私は今、輝いている。
私達は、今、かけがえのない青春を生きている、と。
今考えれば、それが「リア充アピール」を知った最初だったような気がする。

今、「リア充アピール」している人を見ると、鼻白んでしまい、
当時、「青春ごっこ」していた人を見て、白けてしまっていたのは、
彼らの行動に、他者の目が入りすぎていたからだ。
高校生はまだ、自分の形が定まっておらず、自分の考えていることも感じていることも、
うまく言葉で説明することが出来ない。
だけど、それが青春だ。
その時がもう戻らない、一回きりの特別な時間だってことを知らないのが青春で、
「この時を後々懐かしむんだろうな」なんて、未来の視点を入れないのが青春。
何も知らずに、その一瞬に没入できているからこそ若者は輝くというのに、
今、自分が青春の真っ只中にあることを意識してしまったら、それは青春ではなく、
「青春ごっこ」だ。
「青春ごっこ」はどこまでいっても「ごっこ」でしかなく、後で思い返すこともないし、
思い返したとしても、大人になった自分の背中を押してくれることはない。
子どもが店員さんごっこやお姫様ごっこをするのは、
子どもが店員やお姫様になれないからであって、
十代を生きる子ども達は、青春の真っ只中を生きれるのだから、
「青春ごっこ」をしていてはいけないんじゃないだろうかと、思う。

当時はスマホもSNSのなかったのに「青春ごっこ」をしている人はたくさんいたのだから、
中学生でもSNSをしている今は、さらに簡単に「ごっこ」ができるのだと思う。
SNSの中は、他者の目で溢れていて、他人の目を考慮した自分しか、そこにはいない。
自分の中に他者の目を入れれば入れるほど、自分の目は消えていく。
社会の中で、他者の目を考慮して行動することは、
心配しなくても、学校でちゃんと教えてくれるのだから、
学校以外では、自分の目を大事にすることに時間を使った方がいいと、僕は思う。