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友だちの友だち家族とご飯を食べることになった。
友だちの友だちは日本人で、その旦那が韓国人、暮らしているのはニュージーランドなので、
その子ども達は、英語と少しの韓国語とほんの数単語の日本語を話す。
子ども達は、7歳の女の子と6歳の男の子で、羊の国で育った子らしく、
ずっと笑ってはしゃいでいる、子どもらしい子どもだった。
友だちが友だち夫婦との会話を楽しんでいたので、
僕は子どもたちと、虹の中で一番好きな色は何かとか、
今年はクリスマスにサンタに何をもらうのかなんかを話していたのだが、
ふと、そういえば高校生の時も、こういうことがあったなと思いだした。

高校の時、留学先のホームパーティーかなにかに、ドイツ系アメリカ人の女の子がいた。
その子も7歳くらいで、流暢な英語を話しているのだが、
いかんせん、全然うまくコミュニケーションがとれない。
子どもの言っていることだから、話している内容は簡単なはずなのに、
言ってることがよく聞き取れないし、話すこともうまく伝わらない。
もう留学して一年以上たつというのに、僕は7歳の子どもとも会話ができないのか・・・。
そう思い、落胆した。

でも、今考えれば、あれは、言葉の問題ではなかったように思う。
言葉が話せる話せないではなく、コミュニケーション能力の話だ。
本来なら学ランを着て、反抗期の只中にいるような男子高校生に、
7歳の子どもに笑いかけて仲良くするコミュニケーション能力はない。
共通の話題もないし、何を話せばいいのかもよくわかっていなかったと思う。
子どもの扱い方も、喜ばせ方もわかっていない。
大人になれば、大人としての子どもへの接し方がわかるようになり、
沈黙も誤解も恐れなくなるし、
コミュニケーションがうまくいかないことすらも恐れなくなる。
そういう大人の気構えをちゃんと持っていれば、
子どもとのコミュニケーションは多分、うまくいく。

コミュニケート時、人に与える影響は、
見かけが55%、話し方が38%、言葉の内容が7%という統計が以前あった。
コミュニケーションがうまくいく/いかない、仲良くなる/ならないの判断においては、
言葉の理解度はそこまで大きく影響しないのかもしれない。
もちろん、言葉が通じる方が深く理解しあえるのは間違いないが、
言葉が通じるためにお互い理解し合えていないことを深く理解しあえることだってある。
日本語が話せない外国人でも日本で生活することができるのは、
社会での振る舞い方を知っているからだ。
大事なのは、言葉の理解同様に、振る舞い方だったりする。

子どもは、大人以上に言葉以外で通じ合う部分があるので、
この話は子どもとのコミュニケーションの話のような気もするが、
言葉を理解し合える大人同士でも、
「大阪人?合わない!」「B型?ムリ!」などと、
言葉(の内容)以外の理由を持ち出して、拒否しあっている。
子どもでも大人でも相性はあるわけで、
言葉を理解できてもできなくても、合わない人とは合わないし、合う人とは合う。
語学を学ぶ際は、そのくらい気軽に構えておいた方がいいよ、
と、落胆していた過去の自分に言いたい。