3/4 さかのぼる

「時代を逆上るにしたがって、食卓は質素になっていった」
と書いてみて、ふと思う。
時代は、過去に行くにしたがって「のぼって」いき、
現代や未来に行くにしたがって、
「さがったり」「くだったり」するものなのだろうか。
皆のイメージの中で、過去は「のぼる」ものなのだろうか。
いや、そうじゃないはずだ。
過去は「のぼる」ものではなく、「右」に行くものだ。
だって、学校で見た、歴史の年表はそうなっていた。
古い過去が右のページで、新しい過去が左のページ。
鑑真が右にいたら、近松門左衛門は左。
井原西鶴が左にいたら、ネアンデルタール人はずっと右の端。

過去を「のぼる」という言い方は、過去の一時代を理想化
した儒教思想が影響してるんじゃないかと推測してみる。
今や未来への時間が、「下って」いくものなんて、
だんだん世界が悪くなってるみたいじゃないか。
やめよう、そういうの。
もう「さかのぼる」や、「時代を下る」などという言い方は
しないことにしよう。
過去は右であり、未来は左だ。

なんの話だったっけ。
そうだ。食べ物が質素になる話だ。
昔の食卓は、質素だったのだ。
「時代をさか右るにしたがって、食卓はどんどん質素になる」

ふむ。なるほど。
右へは「さか(逆)れない」。
そもそも時間が過去から未来へ流れていると、
みんなが当たり前に感じているから、
「逆」上るという言い方もでてくる。
右や左では、「逆」れない。
なるほどね。
言葉というものはよくできているものだ。
簡単にみぎひだりでは語れないものがある。
また、一つ賢くなってしまった。