4/3 外国語という違うOS

福岡の中心街、大名のアップルストア前に、
ソニーストアがオープンした。
最新のソニーの音楽・映像関連機器が揃っているらしく、
初日は大盛況だったようだ。
ソニーといえば、創業の盛田昭夫氏が海外で行った
スピーチのCDが本棚にある。
確か、「世界で堂々としゃべれる日本人」みたいな
英語の教材で、誰かから回ってきたのだと思う。
確かに、盛田氏の英語は、堂々としていたように
記憶している。

母国語ではない言葉を話す時、人は話し方が変わる。
英語を話す日本人は、いつもより断定的になるし、
日本語を話すアメリカ人は、いつもよりあいまいになる。
その言葉の持つ構造や特性に合わせる必要があるからだ。
僕自身も、例に漏れず、英語を話す時は、結論が早くなる。
いつもは、「あのねー」「僕が考えるにねー」などと
のろのろと言葉を伸ばしてる間に、
続いてくる思考を待っているが、
英語の場合は、スパっ、スパっと切っていく。
「ーだ」「ーだ」の連続、だ。
頭の中で「そうは言い切れないなあ」と思いながらも、
文の尻を切っていく。
それは普段日本語で考えてることを英語で話してるから
そうなるわけで、普段から英語で考えていれば、
そんな齟齬は感じないはずだ。

外国語を話すことは、頭の中のOSを変えている
ようなものなので、
スイッチが切り替わったことは傍から見てると、
何かしらわかる。
ネイティブでもない限り、必ず何かが切り替わる。
まったく同じということは、まずない。
ただ、例外はある。
日本語を話す時と外国語を話す時で様子がまったく
変わらない人を二人、映像で見たことがある。
昭和天皇と三島由紀夫だ。
何の映像かは忘れたが、昭和天皇の英語は
そのまま昭和天皇のお言葉(日本語)だった。
そして、三島由紀夫の英語もそのまま
三島由紀夫の言葉(日本語)だった。
三島由紀夫は、学校で勉強して習得したことがよくわかる、
ゴツゴツした英語の話し方だったが、

言葉(英語)に媚びることなく、
自分で言葉を使っているのが映像越しに伝わってきた。
イングリッシュスピーカーとしての三島も、
紛れも無く、「三島」だった。
母国語と外国語をそのように、まったく同じように
使える人も、例外とはいえ、この世にはいるのだ。
でも、それは、昭和天皇と三島由紀夫だ。
特例すぎる。