6/17 旅立つ人にかける言葉

友人が旅に出た。
こういう時イギリス人だったら、
Have a good trip!と言うだろうし、
フランス人だったら、Bon voyageとでも言うのだろう。
いい言い回しだな、と思う。
日本ではこんな時、「行ってらっしゃい」とか「気をつけて」
というが、心配する気持ちは伝わるものの、Enjoy!的な、
Have a good!的なポジティブな感じが伝わらない。
今なら、「楽しんで!」とか「よい旅を!」と言っても
違和感はないかもしれないけど、
英語の訳としてのセリフなので、
身体に入ってくる感じがしない。

日本では長い間、旅が危険なものだったので、旅を楽しむ
まで至らず、待つ方は心配しかなかったのかもしれない。
いや、欧米だって日本と同様、旅は危険なものだったはずだ。

では、こういうのはどうだろう。
日本は島国で、定住民が多かったので、
お伊勢参りにしても、お遍路さんにしても、
旅は、行って帰ってくるものだった。
それに対して、欧米は、バイキング、大航海時代、西部開拓と
旅とは、まだ見ぬ新しい土地への移住の旅だった。
いささか、というか、あまりにも、比べる時代の切り取り方が
乱暴過ぎるので、比較になっていないが、そう考えたのは、
ある一節を思い出したからだ。
「家に帰るまでが遠足です」

日本全国に浸透したこのセリフは、日本人にとってあまりにも
体にすっと入る言い回しだったために、日本全国に浸透した。
多分、イギリス人もフランス人も旅は目的地に着いたら
ほぼ終わりだと思っているのではないだろうか。
家に帰ってくるまでが、旅であり、さらに言うなら、
家に帰ってきた旅人を心配して待っていた家の者が
「お帰りなさい」と言葉をかけて、旅は終わる。
「お帰りなさい」
うん、いい言い回しだな、と思う。
日本語にはBon Voyageに匹敵する旅立ちの言葉はないが、
西洋には「お帰りなさい」に匹敵する旅人を迎える言葉がない。
言葉とはよくできている。
どうでしょうか、米原万里さん。

※米原万里さんは、ロシア語通訳者。言語についての文章等、多数。