6/6 感情を感知するセンサー

 

福岡に修験道で有名な山がある。
そんなに高くないので、朝起きて「山でも登るか」という
気分でも登れる程度の高さだ。

以前、ある高校が学年行事としてその山に登って数日後、
女生徒に寄る集団パニックを起こし、
27人の女生徒が倒れたというニュースがあった。
その山と集団パニックにどんな関係があるかは
知るよしもないので置いておくとして、
集団パニックってなんだろなと考える。
パニックやヒステリーは女性に多く、
男である僕にはピンとこないが、
その感覚は忘れてしまっているだけで、
誰もが以前は知っていた感覚なのだ。

保育園児くらいの頃、兄弟や友だちが泣いていたら、
自分も悲しくなって泣いてしまうことがあった。
子どもは、自分と環境の区別がまだはっきりとしてないので、
周りの泣き声や悲しみが伝搬しやすく、
他人の悲しみが移るというか、悲しみに簡単に包まれる。
(悲しみがそうなら、喜びも緊張も同じだろう)
高校で起きたような集団ヒステリーも
そういうことに近いのではないかと思う。
誰か一人が起こしたパニックやヒステリーのパワーが強すぎて、
他の生徒がそれを感知してしまう。取り込んでしまう。
平凡な日常であったクラスに異層の空気が流れ込んで、
不安がいっぺんに辺りを覆ってしまい、恐怖に包まれてしまう。
一人の恐怖が二人目を生み、三人、四人となれば
普段は敏感に感知しない生徒も、取り込まれていき、
教室は常軌を逸した空間になり、パニックは増長する。

男は、そのセンサーが馬鹿になってしまってるので、
相手の感情を敏感に感じ取ることができない。
言葉で、意味で、コミュニケーションは成立すると思っている
ので、相手の空気やリズムに同化することが難しい。

たまには、山にでも入って
その感覚を研ぎすませたほうがいいのかもしれない。
修験道の山伏たちは、そのことには長けていただろうから、
男こそ修験の山に登れといいたい。
そういえば、あれほどいた山伏は、どこに消えたのだろう。
忍者同様、街にまぎれ、息を潜めているのだろうか。