7/16 卍の〇〇

プロ野球に、「卍(まんじ)の敷田」という人がいる。
選手ではない。審判だ。
卍の敷田は、バッターが三振した時のポーズが卍の形に似てる
ことから、こう呼ばれている。
ファンの興味が選手以外の審判にも向いているのは、
プロ野球ファンの底の厚さを物語っている。

大学の時、ある同級生に
「お前は、行司になれ」といった友人がいた。
行司とは、相撲の行司のことだ。
別に彼は相撲好きでも、審判的な男でもなく、
おしゃれなシティボーイだったのだが、
言われて納得、確かに彼は行司にぴったりだった。
何がぴったりかは言葉にできないけれど、
彼が行司になってくれれば、
新たな相撲ファンも増えるだろうと思わせる魅力があった。

僕は相撲業界には明るくないが、
行司といえば思い浮かぶ「木村庄之助」始め、
高齢の行司を思い出すことから考えるに、
行司業界は、厳しい徒弟制度なのかもしれない。

相撲界は、モンゴル勢が幅をきかせ、日本人力士が苦戦し、
日本人若手ホープが
出ては消えを繰り返している。
相撲界なりにSNSを利用したり、盛り上げ方を工夫しているが
野球界を少しお手本にしたほうがいいかもしれない。
何も楽しみは、選手(力士)だけではない。
僕が初めて相撲を生で見た時も、釘付けだったのは
行司の格好だった。
神事であるが故の特異な格好は、
バッキンガム宮殿を守る熊の毛皮の帽子をかぶった近衛兵や
サーカスのクラウンみたいな、バチカンを守るスイス傭兵
のようで、人気者になる可能性をひしひし感じた。
土俵上で、勝った力士に軍配をあげる形が、卍に見えて、
「卍(まんじ)の〇〇」で呼ばれる行司が出てくるように
することが、新たなファン獲得へのアプローチかもしれない。

野球ファンが選手以外に目をつけるのは、暇だからだ。
野球の試合時間が無駄に長く、中盤、だれるからだ。
相撲も野球同様、見ていると、結構中だるみする。
三役が出てくるまでずっとだれてる時もある。
そのためにも、選手(力士)以外の楽しみが必要だ。
そのための行司、そのための「卍の〇〇」だ。