7/17 アメリカンドリームのチャンス

SPEEDの今井絵理子が参院選で当選した。
SPEEDが全盛期の頃、沖縄アクターズスクールは芸能界で
猛威を振るっていたが、SPEEDが解散してからも
芸能界に、沖縄出身の人は溢れていた。
やっぱり沖縄っていう、内地と違う土壌で育った人は、
独特の芸能の感性やリズムがあるんだろうねぇ。
学生時代、そう友人に言うと、
「いや、現実を教える大人が周りにいないだけでしょ」
と意外にも冷徹な答えが返ってきた。
えっ?沖縄のミュージシャンが多い要因って、そんな簡単なことなの?

確かに、沖縄はゆったりしている。
若いころバンドを組んでいても、路上で踊っていても、
「そんなことしても食ってはいけないよ」と言う大人が
内地ほど多くないのかもしれない。
好きなことをやってみた結果、当たった人がけっこういた。
とりあえずトライしてみた若者が多かったのが沖縄だけだったって
ことなのかもしれない。

アメリカの高校に通っていた頃、野球を一緒にやっていた友達が、
「俺はメジャーに行くから」といって、頼んでもないのに、僕にサインをくれた。
アメリカは日本の甲子園のように全国一律の大会がなく、
学校のサイズごとに大会が分かれているため、
小さい学校の高校球児は、大きな学校の高校球児と対戦する機会がない。
そのため、自分がどのくらいうまいかを測ることができなかったりする。
全国での、自分の位置がつかめない。

日本の高校球児なら、
「いうても、俺は地方予選3回戦ピッチャーやしな」と、
高校の時点で、プロになることを諦めてしまうところでも、
アメリカ人は、「俺はメジャー行くから」と、
地方予選3回戦ピッチャー(小規模学校部門)にも関わらず、
自分のメジャー入りを信じて、さらさらっと、サインを書いてくれる。
もしかしたら、これがアメリカンドリームの土台なのかもしれない。
アメリカや沖縄は、失敗してもトライし続ける環境があるというよりも、
トライする前に止めに入る大人や、冷酷な客観的事実が、
単に
少ないんじゃないだろうか。

メジャーリーグでアメリカンドリームを掴んだレッドソックスの上原は、
高校時代、無名の二番手ピッチャーだった。
しかもチームも地方大会で負け、甲子園に行けないような並のチーム。
どこのスカウトも上原に声をかけなかったので、
体育教師になるために体育大学を受験したら、
そこにすら、上原は合格できなかった。
それから一年、浪人生活をしながら、独学でピッチングの研究を重ね、
トレーニングに励んだ。

それが、今やワールドシリーズ胴上げ投手だ。

「上原は地方大会の二番手ピッチャー」という客観的事実は、
ただの現状を知らせる事実であって、未来を言い当てる言葉ではない。
上原があの時、客観的事実に自分で納得してして、

「いうても、俺は、地方大会の二番手ピッチャーやしな」
と野球の道を諦めていたら、
今、フェンウェイ・パークのマウンドに立ってることはなかった。
よくぞ、上原は、自分を信じた。
アメリカンドリームのチャンスが舞い降りるのは、
客観的事実に惑わされなかったものだけなのだ。