8/5 駅から徒歩15分

新しく部屋を探す時、不動産屋の人に
「ここは、帰り商店街通りますから『駅から徒歩15分』
 ですけど、15分って感じはしませんよ」
と言われる。
同じ15分でも、商店街眺めながら帰るのと、
工場跡地横目に通るのでは、体感時間が違う。
要は、実質距離ではなく、体感だというのだ。

先日、初めて行く居酒屋を調べたら、ホームページに
「駅から徒歩15分」とあったので
歩いて向かうと、まったく「15分」ではなかった。

もしかしたら15分だったのかもしれないが、
初めて行ったからか、15分以上歩いたように感じた。
到達地点を知らないと、長く歩いているように感じる。
不安だからだ。
道を間違えているかもしれない。
もう通り過ぎているかもしれない。
不安な気持ちは、体感時間を長くさせる。
でももう、一度行ったので、次からは気楽に行けるはず。
多分、次は、体感、ぴったり15分だ。

一度目と二度目は大きく違う。
居酒屋なら遅刻しても道を間違えても大したことはないが、
これが人生なら、もう少し大したことだ。
僕らは一度目の(一度きりの)人生を歩んでいるので、
この道で合っているか、通りすぎていないか、
不安な気持ちでキョロキョロしながら、歩いている。
二度目だったら、どんなにか楽だろう。
もしかしたら二度目なのかもしれないが、
一度目の記憶はすべて消えている設定だ。
「到達地点」がどこなのかもわからないし、
そもそも「到達地点」なんてあるのかすらわかっていない。
「死んだ人」は何も教えてくれない。

とりあえずわかっているのは、
平均で徒歩80年くらいという大雑把な情報と
そのうち歩けなくなるという事実だけだ。
どうせキョロキョロしながら歩くなら、
つまらない工場跡地ではなく楽しい商店街の方がいい。
大事なのは、実質距離ではなく、体感だ。
遠回りでも商店街通ったほうが
体感的には短く感じるってこともよくあることらしい。