海を見に行く自由

高校生の頃、駅から学校まで、自転車で通っていた。
自転車で通っていると、雨の日は、傘ではなくカッパを着て自転車をこいでいたんだけど、
梅雨の時なんかは蒸し暑くて、
すごいフラストレーションだった。
着ているカッパも安もんだから、雨が染み出してくるし、
体がぺたっとカッパに張り付くころには、
もうたまらなくなって、
大きな声でパンクロックを歌うしかなくなっていた。

そうやって風をきりながら大声出していると、多少は気も晴れてきて、
学校が近づき、生徒の姿がちらほら見えるようになってきても、
興が乗ってしまった歌を止められず、
そのまま、校門であいさつしている先生の横を通り過ぎ、まちを抜けて、田舎の田んぼを突っ切って、
雨の中、隣の県まで自転車を飛ばしていた。
そのことを、思い出したのは、

テレビの中のアナウンサーが「九州は梅雨入りです」というのを聞いたからだった。

学校に行こうとして、途中で気が変わることは、
高校生でなくても、大学生でも、大人でもよくあることだ。
そのことについて、ある高校の校長が、HPに文章を書いたことが有名になったことがあった。
東日本大震災が起きた年、東北のある高校の卒業式が中止になり、

その高校の校長は、やむなく卒業生に送ることばをHPに載せたのだ。
そのことばには、とても多くの反響があったから僕の知るところになったんだけど、
校長は、その贈ることばの中で、卒業生のほとんどが大学に進学するという現状を受けて、
大学に行く意味を、「海を見にいく自由」と表現していた。
学校に遅刻するとガミガミ言われた高校時代と違い、
大学は遅刻してもなにも言われない。
だけど、大学を出て、会社に入ると、また、遅刻することにガミガミ言われはじめる。
高校と社会の間、大学の四年間だけが、
学校へ行くための電車の中で、ふと海を見たくなったとしても、本当に海を見に行ける期間。
大学の四年間には、「海を見に行ける自由」があるんだと。

大学生には「海に行ける自由」があり、
その自由を謳歌して授業をサボっている学生はたくさん、今もいるのだろう。
授業に行こうとバスに乗って、そのまま美術館に行ったり。
授業に行こうと電車に乗って、そのまま終点に着いてしまったり。

ふと、思いついたことをやれる自由が大学生にはある。
社会人になると、頭で考えるよりも先に、
足が会社に向かうようになる。
信号が赤から青に変わるように、
誰もが朝になると、一様に、会社に向かうために準備をし始める。
途中で、ふと、海を見に行きたくなっても、すぐに、そんな馬鹿な考えは打ち消されるし、
そもそもふと、海を見にいこうと思うこともなくなる。
だけど、大学生には、ふと、海を見にいこうと思い、海に行く自由がある。
実は、高校生にも、自転車をこいでいて、ふと、隣の県まで行こうと思う自由はあるのだが、
多くの人は、大雨でも降ってないかぎり、そういうことはしない。

ただ、その不真面目さは、高校か大学か、
どこかの時点で誰しもが、一度、経験しておいたほうがいいと思う。
以前、一緒に働いていた同僚が唐突に辞表を出した時、
辞めることを決めたその人は、
「朝、自分では仕事に向かおうとしてるのに、
手が勝手にハンドルを切ってしまう」と言っていた。
からだが会社に行くことを拒んでいる。
そうなってしまうまで、人は無理やりにでも会社に行こうとするし、
会社には、そうなるまで人を会社に来させようとする圧力がある。
ただ、その人は、思いつめる前に、
手が勝手にハンドルをきったことに、自分で気づくことができた。
中には、からだが出しているサインに気づけない人もいる。
気づけずに、こころの病にかかってしまう人もいる。
もしかすると、からだが出したサインに気づけたその人は、

大学時代、ふと、海を見にいこうとして実際に行ったことがある人なのかもしれない。
いや、あの人は、高卒だった。
「海に行く自由」は経験していなかった。
だとしたら、あの人は、
高校の時、雨に嫌気がさして、ふと、自転車で学校を通り過ぎたことがあるのかもしれないなと思う。

社会人が、ふと、海に行きたくなって海に行くことは推奨されないが、
絶対にできないというわけではない。
「海を見に行く自由」は、本当は誰にでもあり、
「海を見に行く自由」は、誰もが与えられている”赦し”でもある。
その”赦し”が誰にでもあることは、
一度、ふと海を見に行けば、誰にでもわかる。
大学だろうが高校だろうが、自分がずる休みしても、社会は勝手にまわるということをわかっていれば、
無駄に思いつめることもない。
通学の途中で思い立って海を見に行くことは、
十代でやっておくべきことの一つだろう。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次