金沢城

金沢に着いて金沢城を眺める。
正確には、金沢城はすでに残っておらず、かつての金沢城を中心とした金沢城址公園があるだけである。
金沢城は建築以来、数度の大火によってそのほとんどが失われてしまったので、今の金沢城址公園には人が住む場所としての城もないので、そこを住処にしている人はもういない。
当然である。

ただ、もし、今の時代に、誰かが金沢城に住むのだとしたら、誰がふさわしいのだろうと考える。
たとえば、京都には「京都御所」があり、かつて天皇が住まわれていたその場所には、今は誰も住んでいないが、京都人は心のどこかで、天皇がいつか仮の都・東京から再び「御所」にお戻りになられることを待望んでいるように思う。
「御所」はからっぽではあるが、誰かが住まうことを期待した空の住処である。

翻って、金沢城。
金沢城をてがけたのは、加賀百万石を築いた前田利家であり、金沢城に隣接する兼六園や、その近郊にある、前田利家らを祀った尾山神社でも、かつての藩主の残り香を今でも嗅ぐことができる。
しかし、藩主や頭領という絶対的権力者がいなくなった現代では、たとえ、前田利家がこの世に生き返ったとて、金沢城に住んでいただくことはできないだろう。
かつての豪傑も、現代においては、成功したとしても、有力な政治家か大実業家どまりである。

そこそこの政治権力を持っていることや財力を持っていることが、「お城」に住める条件ではない。
まぁ、お城に住める条件など正確には何もないのだけれど、権力やお金があるからといって、街の人々が、「皆のお城」に住むことを納得してくれるわけではない。
そう。
現代では、お城に住むには皆の同意が必要なのだ。

そう考えると、街のど真ん中に高くそびえるお城に住んでほしいと、誰もが思えるような奇特な人は、現代にはほとんど誰もいないと言っていいだろう。
日本全国で考えると、天皇がその例外に当たるのだろうが、各都市において、それぞれの土地で、それぞれの土地の民が、街のシンボルとしてのお城に住まう人として認められるような人はいない。

権力が集中しない時代ゆえに、政治家や大富豪のような大権力者がそこに居座れないのは当然だとしても、皆の心の支えになっているような、街の未来のことを真剣に考えているような、街の人々を根底で支えているような精神的支柱さえもお城の住人候補にあがってこないような今の現状は、寂しいとしかいいようがない。

本人は城なんかに住みなくなくても、街の者たちに押し上げられて、しぶしぶ住処としてお城を提供されるような宗教者や芸術家や、慈善事業家や、はたまた、仙臺四郎や山下清のような「福の神」的な人物はどこにもいないのだろうか。

もしどこかにいたとしても、皆の同意は取れないだろう。
そうした意味において、現代は個人主義的な社会ともいえるし、それぞれの街に個性がない時代ともいえる。
皆が「この人ならお城に住んでも文句はない」と思えるような、皆がその人の精神性に一目置くような人物が街に一人でもいれば、その街は幸せだろうに。
ただ、もし、現在進行系でそうした人物が街にいなくとも、過去にそうした人物がいたという語り継ぎができるような街は、できない街よりも、より幸せなのかもしれない。
金沢の人が、かつての名領主を、今も誇りに思って語り継いでいるように。

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