3/6 坊っちゃん(2)



前回のつづき)
僕は、バイト先の会員制ホテルで暇を持て余していたところ、
本物の「坊っちゃん」一家を見つけ、
用もないのに彼らのテーブルの周りを回り、観察していた。

やはり、坊っちゃん。
朝食も、バランスのとれた数種類を皿に適度に載せている。
いつも食べきれない量を皿に盛って残してしまう、同級生の
下村とは大違いだ。
(下村は、国際線の飛行機で寝てしまい
食べ損なった分の食事をテイクアウトにできないかと、
フライトアテンダントに頼むような、がめついやつだ)

すべては聞き取れないが、坊っちゃんと両親の会話も
品があり、落ち着いている。

やはり、本物のいいとこの子は、食卓での姿も優雅だ。
執事として仕えたい気持ちになる。
と、ぼっちゃんがカトラリーを床に落としてしまった。
「坊っちゃん、大丈夫ですか、わたくしめが、拾います」
暇を持て余している他のスタッフに先駆けて、
落ちたカトラリーを拾いに向かう。

落ちたのは、ナイフだ。
僕はお母様とお父様の方を向いて、
「すぐに代わりのナイフ、お持ちいたします」
と抑えめのトーンで、伝える。

すると、お母様は、坊っちゃんに向けて
「どうするの?」と聞きます。
どうするの?
いや、お母様、すぐに持ってきますよ。すごく暇だし。
私の仕事を奪わないでください。

坊っちゃんは、お母様とお父様をちらと見て、
まごつきながら、
「あの、自分で、拾って、新しいのを、もってくるので、
いいです」
と僕にいった。

なんと。
自主性を重んじる教育は、こういうところから
始まるのですね、お母様。
新しいナイフをスタッフに持ってきてもらうのか、
自分で取りに行くのか、
そういうことから自分で決めさせるんですね。
近所のファミレスで、こんな自主性を育てるセリフがきける
だろうか。
そもそも庶民は、この朝食にナイフは使わないだ
ろう。
(僕なら、迷わず、箸だ)
執事気分の僕は、坊っちゃんの気持ちを慮って、
拾うべきナイフをそのままに、テーブルを離れた。

そこに、こちらも暇そうなマネージャー格の男が僕のそばに
やってきて
「落ちたものをお客様に拾わせないでください」
と言ってきた。

ふん。
僕と坊っちゃんの関係も知らないで、何を言ってんだか。
「はい」
僕は口先で返事をし、新しいナイフを自分で取りに行く
坊っちゃんの凛々しい後ろ姿を見ていた。

やはり、軽井沢は、階級がちょっと、違う。