8/9 夏がもっと暑かった頃

俺は昔、ペプシマンだった。
先週末も結構暑かったが、
俺が昔ペプシマンだった頃の夏はもっと暑かった。
俺がペプシマンになる前日、派遣会社のおばちゃんは言った。
「タオルを持っていくように。あれ、暑いから」

ペプシマンには変身シーンがない。
ウルトラマンや仮面ライダーにあるような、
かっこいいポーズも掛け声もベルトもない。
だから、着替えは、倉庫の隅で済ませた。
ペットボトルのペプシがダースで積まれてる後ろで、
担当のおっちゃんに手伝ってもらって、変身した。

真夏のペプシスーツは、首までジッパーを上げただけで
汗がだらだら出てくる密着型だった。
俺はおばちゃんに言われた薄手のタオルを頭に巻いて、
ペプシマンの頭をかぶった。
暑い。やばい。
あまりの暑さにクラクラする。
これは辛い。
ペプシマンの顔なんてあまり記憶にないと思うが、
実はペプシマン、目がない。鼻も、耳もない。
人間が入る用なので目の部分は薄くメッシュになっているが、
ほぼ前が見えない。
危ないので、おっちゃんに手を引かれて会場に向かう。

俺がペプシマンになる7日前、派遣会社のおばちゃんは言った。
「サンプリングの仕事だけど、やる?」
サンプリングとは、ジュースなどを試飲させる仕事だ。
今日は、子どもにペプシを配る仕事だと聞いていたのに、
話が違う。
これはサンプリングではなく、ヒーローの仕事だ。
ヒーローの仕事は、とにかく暑い。前も見えない。
おっちゃんは前の見えないペプシマンの手を引きながら
仕事の説明をしてくれる。
「イベント始まったら、適当にポーズ取ってください。
そしたらじゃんけん大会始まって、子どもたち並びますんで、
適当にじゃんけんしてください」
ペプシマンのポーズ?って何だっけ?
じゃんけん、すんの?

会場はすでに子どもたちで溢れていた。
メッシュの向こうに無数の子どもがぼんやり見える。
イベントが始まり、適当にポーズを取る。
キャラを掴みきれていないペプシマンの曖昧なポーズでも
問題はない。子ども達だって、よくわかっていない。
じゃんけんタイムが始まると、列に並んだ子ども達と
順にじゃんけんをする。
ペプシマンに勝ったら、ペットボトルのペプシがもらえるので
皆、気合が入っているが、ペプシマンは早く終わらせたい。
じゃんけん、ぽん。
じゃんけん、ぽん。
じゃんけん、ぽん。
暑い。
子どもが何を出しているのか、よく見えないし、
全然、終わりが見えない。
それもそのはず、じゃんけんに負けた子どもが、
そのまま列の後ろにまた並んでいる。
これ、負けんと、終わらんやん・・・。
それからペプシマン、グーしか出さなくなった。
それに子ども達はちゃんと気付いてくれて、
子ども達も、パーしか出さないようになった。
ほどなくして、最後の子になり、
ペプシマンは見事グーで負けた。
ああ、終わった。
早く戻って、ペプシマンの頭、脱ぎたい。

子どものいないところに隠れると、
おっちゃんがまた、手を引いて倉庫まで連れていってくれた。
ペプシマンはおっちゃんに手伝ってもらい、
ようやく頭を脱ぎ、汗だくの顔で、ペプシを一気飲みした。
「あぁ!暑すぎる!!もう嫌だ!!!」
「じゃあ、次、30分後ね。あと、4部、がんばろう」

俺がペプシマンだった頃、夏はもっと暑かった。
俺がペプシマンだった頃、ペプシスーツの中は、
もっともっと暑かった。